たくらみ、デュッフェル
上京してきてた祖母と母親と、銀座、宮川でうなぎ。
しかし、宮川、うめえなー!あいかわらず。
歌舞伎座で、ボーナスとして(というかおこづかいとして)うなどん分のチケットをもらって、はじめて食べに行って、ひとりで感動したのだ。
歌舞伎座のそうした風習(?)というか、労働者(というか大道具だから、職人か)への気遣いというのは、江戸時代以来の、ある伝統を感じたものだ。こんな気のきかし方、もうこの先、なくなるんだろう。
商談。
うーん、会社を潰すのは、やはりあほなんで、どうにかせんといかん、とうことで、話は、延々。
他人待ちではない、自らすすんで、経済はやっていかないと、やばい、ということで。
企み。
=========================
書類を整理してたら、J.von.デュッフェルさんの講演のメモがでてきた。2002年10月1日。ドイツ文化会館。
現在において、演劇はどうなってるか。
演劇の歴史において支配的だったアリストテレス/時間ー空間ー筋について。
空間は、今日の舞台では、それは、台所であり農家の部屋。
昔の舞台では、それは牢獄、黙示録的風景とかだった。
時間:速度があがって、不均一。
ひとつの決まった筋書きはほとんど不可能。
散文的現実。
現実と芸術との隔たり。
東京では、劇作は不可能のように思われる。MTV的、ヴィデオクリップ的方法なら可能かもしれない。
パースペクティヴつまりなにが遠くてなにが近いのか分かりにくい。
・素材の選択について。
小さな断片を切り取って、ふたたび集中/集めてやっていく方法
イェリネク:スポーツ:スポーツについての議論をクローズアップ。
ラインハルトゲッツ?:レイヴの言葉を形式化していく
シェイクスピアーチェーホフーブレヒト:演劇を世界のモデルとして考えていた。
今日の劇作家は、全体を全体として提示できず、断片のみで提示する
デュッフェルの最近の作品:バルコニーの情景。
断片から全体の構造を見るやり方。
節約/省略の方法。
タールハイマー演出「たくらみと恋」シラー。
舞台上になにもない。小道具(ヴァイオリン、レモネード)の省略。
俳優は、たがいを向くのではなく、観客に向かって、喋る。
ショーケースとしての舞台。
俳優も、感情表明や関係をはぎとられている。
俳優のなかの核心に迫る。
体が反応を起す。演劇のパラドックス。→現実の核心に迫る。
役柄も同様、コルセット/狭いところにはめこまれていて、それがあるとき爆発するような仕組み。
俳優だけでなく、作品の人物そのものにも起こる。
かつての、「かのように」の演出モデルではない。
ふたつの方法
ストイックな方法
エクスタシーの方法
ポレッシュの舞台でも、禁欲と恍惚の逆転がある。
プロットは凝縮され、中核にいたる。現実の表層の細部はカット。
俳優の同一性を俳優が説明する。論文のような理論的な話し方。
お互いに苦しめあう(つっこみあう)
音楽的コスモスーサウンドトラックのような
音楽によってストーリーが語られているハムレット
モノローグは短縮。
電報のような文章。sein,nein sein,fragen.
人工的自然
ゴーリキーどん底:通行人に貧困を提示するという設定。
今日の狂気、絶望。
狂牛病のパニックの核心はなにか?
「演劇の貧困」について:
逆境ではあるが、それはまたチャンスでもある。たまねぎの皮。
メロドラマは見られなくなっている。
表面の下にイメージが封印されているような印象。クールネスの文化。
感情の葛藤を提示することをやめてしまった。
サラリーマンのキャリア志向:マクベス
演劇の確実性が失われていく
絶叫が起こりそうで起こらないような作り方。
クライマックスの不在
怖れの感情について:イプセン人形の家
ダンスと演劇について
1。リズム
言語のリズム=モノリズム。ストレートプレイの演劇
言語のリズムのなかの争い=会話のリズム
2。身体性:役=人物の身体(父、子)をとらえることができるか
身振り/マイム
恋人:手が触れるか触れないか、指先だけ触れる。
触れない。
バートルビー
ポジションで耐えられなくなる。
なにもおこらない/退屈/からっぽな演劇はよい演劇なのか。
演劇でいちばん大切なのはエモーション。
感情をいかに伝えるか。
知覚の習慣をリフレッシュ。
悲しみー喜び/感情の起伏を体験。感情教育。
ケミッヒのカタルシス。
cf.感情の停滞
方向はばらばらだが共同戦線を張っている。
博物館的な、「現実」とか「社会」の博物館とか、保存型の演劇ではなく、ほんとうの現実に根ざした舞台を。
それは、失われつつある現実性を取り戻すということ。
マルターラー:タンツテアターの影響で、時間ー言語のリズムを再構築した。
============
アンドレ・マソン「寓意の図像学」原題l'allegorieクセジュ文庫(しかしこれは新書ではないか?)
吉岡実詩集。ひさびさに開いた。すごいよなー。信じられない。ぼくは勝手に、フランシス・ベーコンの絵との類似性を感じる。
日記も面白い。ブログのおかげで日記をつけはじめたが、そうかー。