雲の帳

夜の空が黒かった。あんなに黒い雲はすくなくとも最近は見たことがない。
夜の空といえば、年末、阿佐ヶ谷の家の近くで、見たときの空、月、雲はすごかった。
パノラミスティックというのだろうか、付近には高いビルもなく、ただ異様に高い木が数本あるだけで、空が見渡すことができる。雲が、関東一帯を覆うかと思われるほど、拡がっていた。その拡がり方が、三角形を描いていたので、よりその拡がりも、大きく見えたのだろうか。雲の帳。月が中心にある。周りには誰もいない。
 今日の雲は、またまったく異なる。幼年期において幾度となく見た烏帽子岳を背景の影として、月も出ているわけではなく、どこを光源としているのか分からないが、その形状が、黒い塊として、空に浮かんでいる。浮かんでいるというよりは、その光景が、現実感を失っているので、むしろ描かれている、といった方が、しっくりくる。
 
 今日は、昨日、30分位寝たあと、そのまま起きて、本の整理をはじめ、昼過ぎまで続けた。おかげで、とりあえず、今回整理すべき分は、整理できた。
 
 由良君美「椿説泰西浪漫派文学談義」青土社

山田珠樹さんというフランス文学者の書物愛についてのエッセが面白かった。
 「コレクション」
 ナポレオン、本のために何軒も家を建てた貴族の話。
 ポルトガルの銀行家の、話。
 コルネイユ。などなど。

植草甚一さんって、戦後すぐから活躍されていた。60年代はすでにお年をめされていたようだ。いままで、読んでいなかったが、何冊か手にして、こんなにすごいひとだとは。東宝で働いていた映画批評の方だった。このひとにしろ、淀川さんにしろ、由良さんにしろあのころの多くの文学者にしろ、なんというか健全なアマチャアリズムがある。専門的に知っているのに、専門家的な嫌味がまったくない。これはやはりすごいことだ。
 小林秀雄がいて、60年代から70年代にかけて、こうしたルネサンス的な沸騰があり、ニューアカで、理論か図式による整理=秩序化の時代がはじまり、いまやフランスやアメリカと同程度の水準に来たとされているし、おそらくはそうなのだろう。
 だが、60−70年代の知のルネサンス的なものは、当時の日本でしかありえないものだった。言語的条件からして、日本からすると、海外はほとんど海外なので、つまりスペイン語圏とイタリア語圏との関係のようなものは望めないということだが、諸国の文学が大量に輸入された。父はまさにその時代に生き、受容者のひとりとして、いまの書籍群を遺した。
 そういえば天使館で去年20歳くらいの男子学生が、加藤郁也さんの本を読んで、といっていて、聞いたら、お父さんの本だという。同じなんだな、とにやついてしまった。加藤郁也さんなんて、やはり普通は知らないものだ、特に九州では。
 谷川雁さんは認めなかった旨のこと、平岡正明さんが書いていた。
 

テレビのニュースで春日大社の巫女さんの化粧を見かけた。面白い白粉の塗り方である。