ジェンダーフリーと喜劇的反復

もとはニーチェの研究家であった西尾幹二もとうとうこうなっちゃった。八木秀次というこのひとが「つくる会」の会長だという。
「国民」という概念を持ち出した時点では、まだ「矜持」の思想があったかもしれなかった。(テレビでそう発言していた。「国民の歴史」も以前すすめられたが、さすがに時間を割けなかった。)しかしここまで幼児的(というと赤ちゃんがかわいそうだが)に退行していくとは。
 日本男児も泣きますぞ。
 
http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20051002
http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20051006



もうここまで「右派」が落ちてしまうのをみると、大東亜戦争の喜劇的反復を切に感じる。 

今日の東アジア社会における反日運動も、こうしたイデオローグが発言して、またそれに同調して増長する「国民」連中が、火に油を注いだ結果だったわけだし、真の東アジア共同体を作るどころか、こいつら、まじで戦争を望んでるのかと思うと、実に腹が立つ。アメリカの属国であることに居直りつつ、「日本民族」ならず「日本国民」を賛美したところで、それこそ先祖に申し訳ないと感じないものなのか。
 そもそも「大東亜共栄圏」は、「列強」に対抗するがゆえのヴィジョンであった。
 はー。せめて今日の右派に、大川周明の本くらい読んでもらいたい。