ベルリナー・アンサンブル「アルトゥロ・ウィの興隆」

二年前いや三年前か、クラウス・パイマン「リチャード二世」以来の、ベルリナー・アンサンブル来日公演@新国立劇場


ブレヒトが宿敵ヒトラーをコテンパンに諷刺した戯曲を、あのハイナー・ミュラーが演出し、さらにあのマルティン・ヴトケを生で見ることができる。
 まずもって、あのヴトケのパフォーマンスは、奇跡のようなものである。それはミュラーとヴトケというふたつの偉大な人物が、「出会えた」ことの、奇跡である。
 とりあえずは、必見である。



いろいろ細かく言い出すと、いろいろある。例えば、今回の上演でいくと、字幕がないがゆえに、舞台でどんな言葉が話されているのかが、ドイツ語を理解できないひとにとっては、分らないがゆえに、発生してくる問題とか。

 それゆえ、今回は、事前にブレヒトのテクストを読んで頭に入れたうえで、イヤホンガイドなしに、ただ見た方がいい。というかイヤホンガイド、私に限らないかもしれないが、やはりキツイ。声の響きなどを聴くうえで、どうしても妨げになる。あのクラウス・パイマンの「リチャード二世」の時も、結局は途中から、外してしまった。片耳だけだと、どうしても…。字幕だと、映画で私達は慣れていることもあるし、また視覚の運動は、はやいし、選択もできる。それが聴覚の場合、というかイヤホンガイドの場合、選択できなくなる…

しかし、これは日本語ではない海外の言語上演を、どうやって「聴けば」いいのかという話しである。むろん、たんに、ドイツ語ならドイツ語を勉強するしかない、ということではあるのだが…。
 …そうはいっても、イヤホンガイドなしだと、やはり分らないのは分らない。うーむ。とくに今回、イヤホンガイドが、「パフォーマンスに集中するため」台詞がかなりカットされている。この情報の削減から生じるリスクはやはり大きい。だから、テキストを頭に入れておく必要がある。

 




 あるいは、演出にしても、はたしてこれがミュラーの演出作品として最高傑作なのかどうか、とか。むろん、ヴトケの起用という意味では、上記したように奇跡であり、その意味では、最高傑作であるのかもしれない。しかし、ミュラー演出の他の作品を見ていない者にとっては、比較できない。
 写真などを見る限り、ミュラーワーグナー演出であるとか、「グンドリング」とか「モーゼル」とか「カルテット」などは相当すごそうである。実際に「カルテット」を見たひとの話しでは、すさまじかったようだ。

 宣伝文句的には、いくらでも大袈裟に言える。ただ、それだと、過剰に期待してしまい、結果、裏切られた=「面白くなかった」という感想が、発生するリスクもある。



とにかく、ミュラー演出の作品を日本で見ることができるわけだ。


ハイナー・ミュラーについては、私も大変恩恵を被ったので、いずれまた記事にしていきたいが、とりあえずいまいうべきは、ベケット以降最大の戯曲作家といえばよいだろうか。ミュラーのおかげで、私は演劇と接続することができた。ブレヒトとも出会えた。ミュラーのフィルターなしに、ブレヒトとは出会えなかった。
 ああ、書くべきことはやまとある。アルトーブレヒトベケット、ジュネ、ミュラー。20世紀における戯曲の殿堂。



とにかく、他のミュラーの作品も、見たい!わけだから、今回がきっかけになって、ピナ・バウシュのように、毎年、ベルリナー・アンサンブルが観れるようなことになることを、とりあえずは期待する。


 今回、ヴトケさんは左手を怪我されたようで、ギプスつけたまま、あのパフォーマンスをなされた。それがためか、冒頭、シューベルト「魔王」とともに現れる「犬」のシーンが、映像によって補完されている。あの映像の使用はしかし、私はどうかと思うのだが。以前ドイツ文化センターでビデオ上映会で見たときは、なかったような気がする。
 
また、「Ich glaube!」の発声も、ヴィデオで見た時のエネルギーではなかった。あの「グラオベ」という声が妙に耳に残っている者としては、肩透かしの感があった。とはいえ、繰り返すが、ヴトケのパフォーマンスは、本当に、すばらしい。ブラボー!!



 ミュラーやベルリナー・アンサンブルをまったく知らないひとのために、さらにいうと、チャップリンなりバスター・キートンなりのサイレント映画時代の、映像における身体性というのがある。あのキビキビして、妙に早く、おかしく、…最高の。あれのライブといってもいい。
 あるいは、吉本新喜劇とも。


ずいぶん、笑える作品でもある。「民衆演劇」の諷刺精神が息づく。



結論は、必見。



6/30まで。


新国立劇場 http://www.nntt.jac.go.jp/
アルトゥロ・ウィの興隆  http://www.nntt.jac.go.jp/season/s267/s267.html

ベルリナー・アンサンブル Berliner Ensemble http://www.berliner-ensemble.de/